情熱人インタビュー♯5 ファイナンシャルプランナー 橋本大季(はしもと ひろき)さん

橋本大季(はしもとひろき)さんは、現在ファイナンシャルプランナーとして、
そしてFP JAPAN株式会社の代表取締役として活動しています。

もともとは自衛官を目指していた橋本さん。
しかし、彼は自衛官にはなりませんでした。そして何も実績がないなかで、
大学卒業後に、いきなり会社を立ち上げます。

その思い切った行動とその決断にいたるまでに何があったのか
について今回お話をお伺いします。

やりたいことがあっても実績がないという理由で悩んでいる人や
起業に興味がある方にも橋本さんのお話は参考になると思います。

インタビュー・文/増田正弘

 

——大学卒業後にいきなり会社を設立したということで、周囲から驚かれませんでしたか?

 

やっぱりびっくりしていましたね(笑)。
大学卒業して1ヶ月後には会社を立ち上げていたので、
家族や友人たちは「ありえないだろう」という反応でした。

でも、実際に会社をつくるまではそこまで難しくはありませんでしたが、
会社を立ち上げてからがいろいろとトラブルがあって大変でした。
当時は、ストレスで、カラダにも異常をきたしてしまって。精神的に不安定になった時期もあり、
プライベートもうまくいかなくなることもありました(笑)。

 

——そんな体験をしてもなお、なぜ会社を設立しようと思ったのですか?
しかも自衛官からファイナンシャルプランナーという自身にとって未知の世界に足を踏み入れた。

 

そうですね。自衛官とファイナンシャルプランナーって、一見繋がりがないですよね。
そもそもは大学2年生のときの出来事がきっかけでした。
それがなければ、私も自衛官の道を歩んでいたと思います。

 

——当時、何があったのですか?

 

私が心から尊敬していた先輩が20歳で突然自殺をしてしまいました。
それが結果としてファイナンシャルプランナーを目指す大きなきっかけとなったのです。
その先輩には、高校の頃から大学に至るまで大変お世話になっていました。

高校のときに自衛官を養成する高校に入学しました。
特殊な学校なので、入学したては右も左も分かりません。

高校は寮生活で、入学したばかりの1年生のお世話役として2年生の先輩がひとりひとりにつくんですね。
それで私のお世話役が当時2年生だった先程お話した先輩でした。

彼はめちゃくちゃ優秀で、人格者で頭も切れて。
とにかく人と違ったことをするのが好きで、いつも何か飛びぬけている、といった印象でした。

正義感が強くて面白い先輩が大好きで、尊敬しています。

先輩の影響があり、彼を追いかける形で、防衛大学校(自衛隊の幹部を養成する学校)を目指し、
無事に進学することができました。

大学進学後、その先輩が、あるときに突然自殺をしてしまいました。
いま思えばいろいろとシグナルは出ていたのですが、当時の私は全く気づけませんでした。

亡くなったということを聞いて、そのときはすごく信じられなくて。
ショックすぎて精神的に病にかかってしまって一時的に日常生活が送れなくなってしまったこともありました。

 

——たしかに、ショッキングな出来事ですよね。そこからどうやって日常生活に戻れたのですか?

 

実家の北海道に帰って、3週間大学を休みました。
そのときに、悩み考える時間がたっぷりありました。
当然、シグナルに気づけなかったという後悔もありました。

その3週間考えているうちに、「先輩の死をムダにはしたくない」その思いがただひとつ残りました。
それが今の私の信念の一つとなっています。

3週間後に日常生活を送れるようになって大学に復帰しました。

そこからですよね。
「なんで先輩は自殺してしまったのだろう」ということで自分なりに調べていきました。
先輩の交友関係にあたったりして。

そのタイミングで、ファイナンシャルプランナーの方との出会いがありました。

その方は心理カウンセラーでもあるので、
先輩が亡くなる1ヶ月後には、先輩と会って相談を受ける予定だったそうです。

先輩は約束の日の前に亡くなってしまったので、実際に会ってはいないですが、
LINEのやり取りもしていたそうです。

そういうのを聞いて少しずつその方と私が交流を持つようになりました。

いろいろと調べていくなかで、
詳しくはいえませんが家庭の貧しさが原因のひとつであることが分かったんです。

自衛隊を養成する高校に入ってくる子どもは家にお金がなくて入学してくる子が多いというのは
在学中から感じていました。

先輩はすごく電車が大好きで、
「将来35歳くらいで退職して、駅の職員になる、車掌になろうかなー」なんてよく言っていました。
高校で鉄道研究部を設立するぐらい、電車オタクでした。

先輩は大好きな電車に吸い込まれてどこか遠くへ行ってしまいました。

後から身近な方から聞いたお話ですが、
先輩はこんなことを仰っていました。

「よく誰かに相談すればよかったのに・・・とか周りがきづいてあげられれば・・・という人がいるけど、
実際そういう問題じゃないんだ。とにかく苦しいんだ」

初めて聞いたときは、衝撃的でした。

非常に重みのある言葉だと思います。
自殺したいと思う人の気持ちは、本当に自殺寸前までいった人しかわからないのかもしれません。

でも世の中が複雑になりすぎて、非常に生きずらい社会なのは確かだと思います。

 

——自衛隊に、入ったきっかけは何ですか?

 

私は小学校5年生から少林寺拳法をやっています。
中学2年生の冬に、道場長の先生に「自衛隊の高校があるぞ」とすすめられたのがきっかけでした。

そこで初めて自衛隊の高校を知りました。毎月給料が支給されて、少林寺拳法部がある。
ここにしよう!みたいな軽い感じです(笑)

 

 

——当時は、高校を卒業したあとに、自衛官になる以外の選択肢は?

 

考えてなかったんですよ。

防衛大に行った理由は、亡くなった先輩が防衛大に進学していたからです。
当時から先輩を尊敬していたので、その後をおいかけました。

高校を卒業したあとは、基本的に自衛隊の道にみんな進み、
陸曹という技術系のプロフェッショナルになっていきます。

ただ自分は、技術系の仕事が苦手で。整備が多いんですよ。
後方支援業務とか。

裏方の仕事が多かったので、防衛大に行けば、陸海空選べるようになり、職種幅も広がるんです。
高校は陸上しかありませんでした。当時は防衛大を卒業して、幹部自衛官を目指そうと思っていました。

 

——なぜ、ファイナンシャルプランナーという仕事についたのですか?

 

ファイナンシャルプランナーの方と一緒に行動するようになってからですね。

「先輩のような悲しい出来事を起こさせない」という思いから、
その方はお金や経済の授業をするようになりました。

そのお手伝いをしていくなかで、自分もファイナンシャルプランナーの仕事につきたいと思うようになりました。
そこから資格の勉強を始めたんです。

 

——具体的にはいつから資格取得を目指し始めたのですか?

 

大学3年生ぐらいから3級の合格を目指して勉強し始めました。
そして大学卒業してから2級を取得して。

実質その資格は肩書きみたいなもので、実際にそれで食べていけるかというと別の問題になります。
他にも沢山の資格が必要ですね。

でも勉強していくなかで、ファイナンシャルプランナーという仕事が自衛隊にとっても必要な存在だと思ったんですよ。

 

——なぜ、そう思ったのですか?

自衛隊は公務員ですが、定年が早いんですよ。

階級が低いと最短で53歳で退職なんです。そのあとの老後が一般の方よりも早い。
幹部になっても、55歳、56歳には退職です。ほんの一部のエリートだけ、最大で60歳まで働けます。

自衛官の場合は働いている間は良いんですが、退職したあとは、本当に大変な老後になると思います。
それを自分と同じ様な世代の人に、今のうちから危機感を持って、人生の計画を立ててもらいたいなと思いました。

漠然と将来に不安を持ちながら無計画で生きているよりは、
老後をしっかりさせてある程度人生計画たてれば、仕事に専念できますし、
今を安心して暮らしていけるんじゃないかなという考え方ですね。

例えば、アメリカの場合は、軍人さんの退職が早いので
退職したあとは、一人一人にファイナンシャルプランナーが着く場合が多いみたいなんですよね。

またファイナンシャルプランナーの地位もお医者さん、弁護士に並ぶくらい知名度が高いです。
日本はそういう考えが全くないので、だいぶ遅れているのかなと。

私は自衛隊を辞めはしましたが、

ファイナンシャルプランナーとして今度は外からサポートしたいと思っています。

 

——お金の問題を日々扱っている橋本さんだからこそ、お金ってどういう存在だと認識していますか?

 

「老後のことなんて、考えてもしょうがないじゃないか」という方はいらっしゃると思うんですね。
たしかにそれも一理あります。

たしかに、老後の心配をしてびくびくしているより、
自分に投資するようなカタチでお金を使うのはいいと思うんですが。

私はどちらかというと逆で、自衛官は生涯賃金は、ほぼほぼ決まっています。
階級もそんなにあがるわけではないですし。

定年も予測されて、退職金もこれぐらいもらえるかな、と予測できるんですよ。

その生涯賃金のなかで、老後も不自由なく生きていくのは、相当うまくやらないと厳しいと思います。

いま国の生活保護者の半分以上が65歳以上の高齢者になっています。
この間、新聞に出ていたのですが。

自衛官も公務員でしたが、老後は生活保護のお世話になってしまうことは充分あると思うんですよ。

なので、自衛官ふくめ、公務員の方はまずは人生のライフプランを作ることが大切だと思うんですね。

自分の人生に責任を持つといいますか。ある程度、計画を立ててもらって、

余剰金の範囲のなかで自由に使ってもらうというほうがいいんじゃないかなと。

老後を考え見積もりを立てて、「これで安心だね」となって。

余剰金のなかで、そのなかで初めて、自己投資に使うのが理想じゃないかと思います。
どっちかというと、ある程度人生に計画を持ったほうがいいと考えています。

 

——実際に相談にのるうえで、心がけていることはありますか?

 

基本的にすべてこちらから、押し付けるというのはしないように心がけています。

よくご依頼いただくのが保険選びで、いま入っている保険を見直したいという相談が多いです。

まずはその保険を分析させていただいて、それでお客様の考えを聞いて、

お客様ご自身の考えにあった保険をいくつか提案します。

そのなかからお客様ご自身で選んでもらう。
あくまでも何か押し付けるのではなくて、ある程度選択肢を提示して、

そこから選んで頂くというのを心がけています。

 

 

——今の仕事を続けている原動力はなんですか?

 

原動力は勝手に先輩に向けて約束した信念です。
「先輩の死を無駄にしない」と心に決めました。

どこまでやれば、それが達成されるというのもおそらくないです。
FP活動が今の自分の使命だと思っています。

また、自衛隊は卒業させて頂きましたが、その後もずっと繋がっていけるというのはすごく嬉しいなと。

先輩、後輩、同期。

いままでずっとお世話になってきた人とファイナンシャルプランナーという仕事を通じて、

一生のお付き合いができるというのは、すごくうれしいですね。

とくに先輩方はお子さんが生まれてきている年代なので、

家庭を持っている方のライフプランを担当させてもらったときは本当にうれしい。

サポートできている、力になれているんだなとすごく実感しています。

あとはお言葉ですね。
「一生お願いします」、「これからもお願いします」と言われたときは、本当にうれしいです。

先輩からそういう風に言ってもらえて。

先輩には「これからも家族をよろしく」みたいに言ってもらえると本当に嬉しいです。

私はまだまだ未熟者で、これから経験を積んでいきますが、そういう言葉をかえてもらえるとありがたいですね。

 

 

——インタビューの最後に、これからの目標を教えてください。

 

ファイナンシャルプランナーという仕事が絶対に必要とされているだという自信はあります。
もっともっとファイナンシャルプランナーという仕事の認知が広がれば良いなと思っています。

あとは保険のイメージを変えたいです。日本の保険というと、

保険のおばちゃんに強引に加入させられるものってイメージが今もありますよね。

でも、保険は本来、相互扶助で素晴らしい制度だと思うのです。
保険の加入のさせ方が今まで良くなかったので、保険に対してネガティブなイメージがあると思います。
そのイメージを変えられたら良いなと思っています。

一人でも多くの方にライフプランを立てて頂いて、自殺者撲滅、子供の数が増え、
少しでも日本が、世の中が良い方向へ向かうよう社会貢献ができればと思います。

 

(インタビュー終わり)

 

(取材後記)

橋本さんにインタビューしていく中で、彼が発する言葉のひとつひとつに力強さと熱を感じました。

多少大げさに聞こえるかもしれませんが、自分の使命を自覚している男の覚悟というものが溢れ出ているようでした。
彼の熱さをどこまで、このインタビューで再現できたのか?
インタビュアーとしての僕の力量が試されている気がしました。
できれば彼の熱さを直接感じて欲しいと思っています。

橋本大季(はしもとひろき)さんプロフィール:

北海道・恵庭市で育った橋本さん。
地元には駐屯地が3つあって、そこは自衛官の街でした。友達のお父さんの多くが自衛官でした。
幼い頃から、自衛隊との不思議な縁で結ばれて育った橋本さん。

また幼い頃に始めた少林寺拳法は大人になったいまでも、道場に通うほどのめり込んでいます。
そんな橋本さんに保険や将来のライフプランを相談したい方はこちらのホームページにご相談をお願いします。